例えば目の前に広大な土地が広がっているとする。
あなたはその土地の半分を好きに使うことができるが、実はあまり心が踊らない。なぜならその土地をどう使うのが一番いいのか、判断がつかないからだ。知識もなければ技術もない状態である。
もちろんこれは仮の話なので、農家の方は怒らないでこのまま読み進めてほしい。
あなたの友人は、もう半分を好きに使うことができる。彼はこの土地が、実は果物の栽培に適していることを知っている。実際にどの季節に種を蒔いて、どう育てればよく果実が実るのかも知っている。知識もあり、技術もある状態だ。
話をわかりやすくするために、この世界では農作物を育てて生計を立てることしかできないものとしよう。サブスクリプションやインデックス投資、NFT取引などは、ひとまずこの世界には登場しない。
あなたは不利な立場に置かれる。
果物の種を二人とも手にしているとしても、生き延びるのは友人の方だ。友人には「スキル」があり、今後の見通しが立っている。見通しが立っているぶん、前向きに畑仕事もできる。
スキルのないあなたは、このままでは友人に雇ってもらうしかない。そうすると、もちろんオーナーである友人よりも取り分が少なくなる。いや、少なくなるどころか、友人が稼いだうちのほんの一部しか受け取れないかもしれない。
ここで友人が果物を育てるスキルを有するに至った経緯に思いを馳せてみる。
タイトルにもある「スキルの習得」における過程が、ここでは重要だからだ。
- たぶん、たくさんの本を読んだだろう。
- たぶん、実際に種を植えてみたことがあるだろう。
- たぶん、その種は芽が出たり、あるいは芽が出ずに腐らせてしまったこともあるだろう。
- たぶん、豊作だった年もあれば、不作だった年もあっただろう。
- たぶん、不作だった年は「どうして不作だったのか。ちゃんと果実を実らせるためにはどうすればいいのか」を考えただろう。
- たぶん、もう一度種を植えただろう。
- たぶん、これらを何度も繰り返しただろう。
さて、この状況であなたの取ることができる方法はいくつかある。
- 友人の元で働き続ける。
- 友人に教えを乞い、自分もスキルを身につける。
たいていはこのあたりに帰結する。
1は手軽だ。時間がかからない。しかし受け取る額はさほど増えず、経済的には成功できない。
2は感心する選択だ。だが困難が伴う。友人が時間も労力もかけて身につけたスキルを、一朝一夕で得られるとは思ってはいけない。
また、実はあなたがすでに持っているスキルによっては、他の選択肢もある。
- あなたが物を売るスキルに長けている場合は、友人の作った果物を、土地の荒れた果物が食べられない人々へ売り、より高い売り上げを得ることができるかもしれない。
- あなたに人脈があるのなら、体力のある人を集めて友人の畑で働いてもらい、自分の土地と合わせて農地を拡大することができるかもしれない。
- あなたが金と人間の心理に長けているのなら、友人に毎月一定額を渡し「君の生活を安定させてあげよう。その代わりに君の能力を使って、この土地で果樹園をやってほしい」と言い、経営者として利益を得ることができるかもしれない。
どれも成功すれば、最初に示した選択肢よりも魅力的に見える。
ここであなたが1〜3のスキルを有するに至った経緯に思いを馳せてみる。
……とまあ、ここで語るべき内容は先ほどの友人の「果物を育てるスキル」のところで列挙したものと似通っていることは想像がつくと思うので、割愛しよう。
能力を高めること。
より多くの、より質の高い知識を得ること。
技術を磨くこと。
なによりも重要だ。
しかし、道は険しい。
時間をかける必要がある。何度も繰り返す必要がある。失敗を恐れずにやってみる必要がある。それ自体に集中する必要がある。どれもスキップはできない。楽はできない。ズルはできない。
(※これらを遂行する力のことを、最近では非認知能力と呼ばれている)
人生を豊かにしたいならば、たくさんの果樹を枯らす必要があるのだ。
コメント